DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉は近年、ビジネスシーンで頻繁に見聞きするようになってきました。その波が今、教育現場にも広がっています。
本稿では教育現場でお勤めの方はもちろん、お子様を持つ保護者の方に向けて、教育現場においてDXを進めるとはどういうことか、また教育環境の変化について事例を交えて解説していきます。
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教育DXとは?
そもそもDXとはなんなのでしょうか? これは経済産業省が以下のように定義しています。
DX<デジタルトランスフォーメーションl Digital Transformation>
「企業がビジネスの激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会ニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」より
簡単に言うと、「データ(IT)を活用することで新しい価値を生み出すこと」です。
これを教育現場にあてはめると、教育DXとは「教育において最新のデジタルテクノロジーを活用することで、教育の手法や手段、教職員の業務などを変革させること」になります。
国や自治体で教育DXが進められている4つの理由
では、なぜ今教育DXが進められているのでしょうか?
その理由は、以下の4点です。
- DXによって社会が変化している
- 日本の国際的なICT教育の遅れ
- 遠隔授業のニーズの高まり
- 教師の働き方改革
それぞれ詳しく解説していきましょう。
教育DXの理由① DXによって社会が変化している
先述したように、ビジネスシーンではDXが進められるようになり、大手企業はもちろん、中小企業もデジタル化、ひいてはDX推進に向けて動き出しています。
それが意味するのは、働き方の変革です。
たとえば、銀行。
ATMができるまで、銀行の利用者は営業時間に窓口に行って、預貯金を引き出していました。
窓口とは別に銀行ATMができると、窓口対応は大幅に減っていきます。さらに365日預貯金を引き出せるコンビニATMが登場し、近年では銀行ATMはコンビニATMに運営を委託するようにもなっています。
こうなると、銀行窓口係は、ATMができる以前よりずっと数を減らして、その分ほかの業務をすることになります。
さらに現代は、キャッシュレスの時代。ATMからお金を引き出す行為も不要になっているので、すでに「銀行で働く」ということの意味が大きく変化しています。
キャッシュレス支払いを可能にしているのは、インターネットとクラウド技術。つまり、デジタルの力が銀行員の働き方を変えているのです。
銀行は一事例に過ぎません。このようなことが、あらゆる業種・業界で起こるようになっています。
こうした時代で生きていく子ども達にデジタル(ICT※)教育を行うことは、日本の国際競争力を高めるためにも重要です。なにより、子ども達が自分の人生を生きる力を養うことにつながります。
※Information and Communication Technology 情報通信技術のこと。コンピュータだけでなく、ネットワークを活用して情報を共有することも含む。
日本の教育DXの理由② 国際的なICT教育の遅れ
一方で、日本のICT教育は国際的にかなり遅れていることが問題視されています。
2018年にOECD(経済協力開発機構)の生徒を対象に行われた学習到達度調査(PISA) ※ で、日本の生徒のICTの活用状況は表のようにOECD平均から著しく低いものでした。
これは、日本のICTを活用した教育環境が世界水準に到達していないことを示しています。
DXがビジネスにおいて危機感を持って語られるのは、インターネットによって国境がなくなった世界で、海外企業がDXによって一気に業界シェアを書き換えてしまう可能性があるからです。そうなると、後から追いつくことは至難の業になります。
教育についても同じことが言えるでしょう。教育環境が国際水準から著しく劣る環境で、国際水準の学力が保てる保障はありません。
教育DXの理由③ 遠隔授業のニーズの高まり
2020年から世界的に猛威を振るっているコロナウイルス感染症によって、遠隔授業のニーズが急速に高まりました。緊急事態宣言により、急きょ遠隔授業に切り替えることになった学校も多いでしょう。そして、それが定着していっているのではないでしょうか。
学級閉鎖は学習の遅れの原因となり、次学年の勉強のつまずきにもつながってしまいます。それを補う手段としての遠隔授業は、保護者・教員ともにありがたいものと言えるでしょう。
さらに遠隔授業は今後、コロナウイルスのような致死率の高い感染症が流行した場合、あるいは例年あるインフルエンザ流行による学級閉鎖などの際に自宅学習に使われる、などといった限定的なものでなく、オンライン授業のみで必要単元を履修することができるようになるでしょう。
事実、ペンシルバニア州立大学にはオンラインキャンパス「Penn State World Campus」があり、ビジネス、エンジニアリング、テクノロジー、ヘルスケアなどの幅広い分野から、170以上の学位や修了証書プログラムを選ぶことができます。
ほかにも、世界中の人々に高等教育を届けるために設立された完全オンライン大学「university of the people」もあります。これは入学手続き以外の授業料は無料、かつイェール大学法科大学院をはじめとする一流大学が提携し、世界に通用する学びと学位を得られる場所です。
また、学校によっては特定科目の教員がいない場合、他校の教員に沿革で授業を行ってもらう、といった使い方も考えられます。少人数学級や複式学級の場合、大勢の児童と関わる機会が少なくなってしまうため、他校の学級と授業をつないでコミュニケーションを取る、といった使い方もあるでしょう。
遠隔授業のニーズは高く、また有用な活用方法が広がっています。
教育DXの理由④ 教師の働き方改革
教師の長時間労働は以前より問題になっています。
2021年に名古屋大学の内田良教授らが全国の公立小学校の教員466名、公立中学校の教員458名を対象に行った「学校の業務に関する調査」によると、1カ月の残業時間は平均で100時間以上にも及ぶことがわかりました。また「この2年ほどの間に教師を辞めたいと思ったことがある」と回答した教師は、小学校で68.2%、中学校で63.3%にも上ります。
長時間労働の原因は、業務量の多さです。
本来、教員に求められるのは児童生徒への学習教育です。しかし、実際には事務書類の作成や保護者とのやりとり、部活動の指導など本来教員がやらなければならない指導以外の部分で超過勤務に陥っています。
こうした長時間労働を削減するのに、ICT化は大きな効果を発揮します。
事務作業は申請作業など型が決まっているものであれば自動化が可能かもしれません。
保護者とのやりとりは、電話だけでなくチャットや動画通話などでスピーディに行えるようになります。
教員の長時間労働は、その他にも教員不足や制度的な課題がありますが、ICTで効率化が可能な部分も確実にあるのです。
教育DXの指針「GAGAスクール構想」
上記のように教育現場にICTを導入し、ゆくゆくはDXを進める必要があることは国も把握しています。
2019年6月に施行された「学校教育の情報化の推進に関する法律」は、教育現場における情報通信技術の活用を促す内容になっています。
文部科学省も2021年に「文部科学省におけるデジタル化推進プラン」を作成。ここで具体的なICT化の内容を示しているのが「GAGAスクール構想」です。
GAGAスクール構想は、児童生徒に1人1台学習用端末を配布。同時に校内に高速大容量の通信ネットワークを整備することで、児童生徒一人ひとりの状況に合わせた深い学びが可能な環境づくりを目指しています。
学習用端末を一人ずつ持つと、学びに以下のような変化が期待できます。
1人1台端末を持つことで、とくに期待されるのは個別学習です。児童生徒の成績や生活態度がデータによってまとめられるため、適切な個別指導が可能になります。個別で指導することで、児童生徒の自発的な学びも期待できるでしょう。
こうした方針を受けて教育現場のICT化、そしてDXを進めているのは、公立学校の教育予算を管理する各地方自治体です。
そのため、各地方自治体によってさまざまなICT化、そしてDX推進が行われています。
各自治体が取り組む教育DXの事例
北海道豊富町の全町立小中学校:AI型教材「Qubena」(キュビナ)
北海道豊富町では、2021年度から一部小中学校でAI型教材「Qubena」を先行導入して利用していて、2022年度より正式採用しています。
Qubenaはウェブブラウザ上で動作するウェブアプリケーションで、小1〜中3の「算数・数学」「英語」「国語」「理科」「社会」の5教科が一つにまとまったサービスです。児童生徒の間違いの原因をAI (人工知能)が解析し、搭載している数万問から一人ひとりに個別最適化された問題を出題します。児童生徒間の学力に課題がある場合や習熟度別のクラスでも、基礎から応用までさまざまなレベルに応じた学習が可能です。
児童生徒が解いている問題、解答時間、正答率などの学習データは、専用の管理システムによってリアルタイムに収集・分析。理解度を瞬時に把握できるので、質問があった場合もわかりやすい学習指導ができます。
個別学習は児童生徒の自発的な学習を促すとも言われ、それを補うAI型教材は、これからの学びの場のスタンダードとなるでしょう。
広島県三次市立青河小学校:AIロボット「ユニボ先生」
ヒト型のキュートな姿をしたロボットが先生役を果たすという試みです。
広島県三次市青河小学校では複式学級※で授業を進めています。複式学級は一方の学年を指導している間、別の学年は自習をすることになり、その際に適切な助言ができないという課題があります。同時に、教員側も授業や教材研究を2学年分同時に用意しなければならない、という負担もあると言います。
※児童数が少ない小学校で、1人の先生が同時に2学年の授業を行うというスタイル。
そこでユニボ先生の登場です。
先生が一方の授業をしている間、もう一方の学年をユニボ先生が教えます。
ユニボ先生はフェイス部分が画面になっており、音声で問題を読み上げてくれます。児童の名前や声などを登録しておくことで名前を呼びかけたり、挨拶したりするなどのコミュニケーションをとれるのが、タブレット教材との大きな違いです。
ユニボ先生は、じっと座って勉強ができなかったり、人間の先生には素直になれなかったりする子どもでも、落ち着いて学習を進められるという事例もあります。
青河小学校の児童たちは、ユニボ先生に教えてもらいながら、クラスメイトとも教え合うようになるなど、自発的な学びの姿勢も見られているそうです。
滋賀県草津市内の小学校:教育用ドローン「Tello EDU」
滋賀県草津市ではプログラミング教育に力を入れており「草津モデル」としてさまざまな取り組みを行っています。
その中でも興味深いのが教育用ドローン「Tello EDU」です。
Scratch/Python/Swiftといったプログラミング言語でつくられた部品があらかじめブロック状になっていて、そのブロックを組み合わせてドローンをコントロールし、ゴールまで導くプログラムを作成します。前後左右や回転、宙返りなどの動きを組み合わせることも可能です。
具体的なプログラミング言語を学ぶというよりも、プログラミング的思考を楽しく身に付けていくことができます。
教育DXは教員の働き方改革にも有効
児童生徒にとってより良い学びを用意するための教育DXですが、影響は児童生徒に留まりません。
教員の長時間労働が問題になっているのは先述した通りで、教員の働き方改革も進められています。しかし、教育現場があまりに多忙でなかなか改革が進んでいない、というのが実態です。
そんな中でも、児童生徒を優先してICT化を進めることで、教員の働き方も少しずつ変わってきています。
採点業務の自動化
テストの採点は先生の手書き。それが当然だと思っている方が多数でしょう。
しかし、児童生徒20名~30名の答案を一枚一枚採点するのに、どれだけの時間がかかっているか考えたことがあるでしょうか?
近年はスキャナの精度が上がり、AI-OCR※という技術が登場するなど、採点業務を自動化できる環境が整ってきています。
※OCRは、あらかじめ設定した活字や手書き文字などを画像データとして取り込み、編集可能なテキストデータに変換する技術(光学式文字認識)のこと。AI-OCRは設定外の活字にも対応し、学習することで対応範囲を広げていきます。
関連記事:ペーパーレス化を進めたい方は注目! 「DX Suite AI-OCR」を使って注文書をデータ化しよう
自動採点ソフトはすでに各社から複数販売されており、これまでの丸付け作業からおよそ1/3にまで時間短縮することが可能になっています。
作業自体も、紙媒体のテスト用紙をスキャンして教員のパソコンに取り込み、採点ソフトで自動採点するだけ、とシンプルです。とくに丸(正答)の数を数え間違えることがなく、その分効率化が期待できます。
また、テストそのものをICT化する動きもあります。
MicrosoftやGoogleにはアンケートを作成する機能があります(Microsoft forms、Googleフォーム)。このアンケート機能を使用して小テストなどを作成すれば、送信後、すぐにパソコン上で採点・成績入力することが可能になります。
小中学校では筆記することも指導上必要なので、すべてをICT化することはできません。その中でも、「ICT化できる部分」「ICT化できない部分」を見極めて、教員が児童生徒と向き合う時間をより多くとれるようにすることで、教育の質の向上が期待できるでしょう。
保護者とのコミュニケーション
これまで、保護者とは対面、もしくは電話などでコミュニケーションをとることがほとんどでした。しかし、電話というツールは校内で使える場所が限られるため、移動が必須。わずかな時間も、クラス全員の保護者と対峙することを考えると無視できない時間になります。
そこで、持ち物の連絡、欠席の連絡などはMicrosoft SharePointやTeams、メールなどを活用。内容を教員が確認して、必要な場合あらためて保護者と電話や面談を行います。
保護者とのコミュニケーションも、児童生徒の成長のためには欠かせない要素です。すべてをオンラインで行うことはできません。しかし、一部のやり取りをICTで簡略化することで、より重要なコミュニケーションに時間をかけることができます。
教育DXの課題
教育DXまたICT化は、自治体・教育委員会はもちろん、教員や各家庭の行動もあって少しずつ進んでいます。
以下は「公立小中学校における端末の利活用状況」(2021年、文部科学省調べ)です。ほとんどの学校で学習端末が行き渡り、利活用がはじまっていることがわかります。
ここからは、いかにしてICTを学習に利活用していくかが課題になります。
最も大きな課題は、教員のICTの練度です。
教員の中には「ICTを触る方が手間なのでは?」と思う方もいます。また、必要性は理解しているものの苦手意識を持つ人もいるでしょう。そうした教員への理解とサポートが、ひいては授業へのICTの活用につながっていきます。
文部科学省も教員のICT活用を促すべく「教育の情報化に関する手引き」を作成しています。「第7章 教員のICT活用指導力の向上」では、以下のように教員のICT活用指導力の重要性を記載しています。
『わかる授業』の実現や情報モラルの育成のためには,一人一人の教員がICT活用指導力の向上の必要性を理解し,校内研修などを積極的に活用して自ら研修を進めるとともに,教育委員会が各学校の研修に積極的に関わったり教育委員会・教育センター等の研修を充実させたりすることが必要である。
文部科学省「教育の情報化に関する手引き」第7章 教員のICT活用指導力の向上 より
文部科学省からも「教員のICT活用指導力チェックリスト」が提示されているので、教員の方であればご自身でチェックしてみるのもいいでしょう。
教員のICT活用指導力チェックリスト
また、授業外でもICTを活用する能力は必要です。先述したように教員の働き方改革は教員数の不足という喫緊の課題を解決するためにも必要です。そこでICTを活用する働き方へシフトチェンジすることは、もはや避けて通れません。
これは、本業である授業を通じて業務効率について学ぶこともできるとも考えられます。
教員の方は、ぜひ前向きに教育現場のICT化をとらえて、ご自身の業務を効率化していただきたいと思います。
まとめ
現代の教育現場では一人一台学習端末が行き渡り、学校は通信インフラが整っていて、ロボットの先生がいて、授業でドローンをつくり、どこからでも授業を受けることができる。
教員や保護者はチャットや電子掲示板でやりとりし、子どもたちの状況を密に連絡し合う。
教員は採点や事務作業などをロボットにまかせ、授業研究を深めてていねいに子どもたちを指導する──。
学校は、今成人している我々が考える以上に最先端技術があふれ、わくわくするような近未来的な場となっています。
子ども達が高水準のテクノロジーに気軽に触れ、それを扱い、自身の力としていってくれれば、きっと日本の未来は明るくなるに違いありません。
まだ日本の教育現場におけるICT化ははじまったばかり。これからどんな教育現場が出来上がっていくのか楽しみですね。
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